〚「無」を理解し豊かな人生を送る〛・(自動書記)・『大国主之命のお伝え』
(前より)
俗に私は福の神という名前を授かっているのです。
この話を聞いた方々が、富める人生、豊かな人生、豊かな暮らしを送って頂きたいというのが私の願いなのです。
その豊かな人生、豊かな生き方をして頂くためには、必ずあなた方の心が、常に世のため人のために働ける、素晴らしい心になって頂かなければいけません。
御中主之命が申されているように、霊魂があなたなのです。
その霊魂が心にきちっとアドバイス・指導をしていかないときには、心はややもすると身体と結託して、自分に都合のいい事を考え始めるのです。
それではあなた方は何時になっても地獄の道に近づいて行くだけです。
あなた方自身は、常に心と身体を自由に使いこなしながら、この世で如何に徳を積んで他界されるかということが一番重大事なのです。
心の中の一部にひそめる潜在意識にどんどんと良い種を蒔いていく事です。
良い種と言うのは難しい事ではありません。人様を喜ばすこと、人様のお役に立つこと、人様に満足して頂くよう心がけることなどを心することなのです。
いかにして人様に喜んでもらう、人様に楽しんで頂く、そういう心配り心使いをしていくならば、精神的な病やストレスなどは全部消え去ってまいります。
このストレスが高じますと、精神的な病にまで発展してくるのです。
そのストレスを一番上手に除去する方法というのは、あなた方の心に如何に人を楽しまそうかということを命じることが大事なのです。
心と身勝手を許さず、自分の身体と心を犠牲にしても、付き合う方々や周りの方々、その他あらゆる方々に喜んで頂けるかということを、真剣に心に考えさせるならばあなた方のストレスは黙っておいても解消されて行くのです。
そこのものの考え方や発想があなた方に大切なのです。
他の神様も言われている通り、あなたがたの本体はエネルギー・霊魂なのです。
このエネルギーが一つの物体に入り、その物体が滅びたときにはまたエネルギーに戻るのです。これが輪廻転生と言われていることです。
般若心経の中にもあるように、色即是空・空即是色のことです。
すべてが無いという教えというのは、あなたがたの霊魂は一種のエネルギーですから、このエネルギーというのは一部を除き、決して人間の目には見えません。
あなたがたの霊魂の姿を見たという人は殆ど希だと思います。
この霊魂・エネルギーこそ本当のあなたなのです。従って無なのです。
無という事は、預かった肉体がやがて滅びた時にはすべてが失くなるのです。
万物皆そうです。あらゆるもの、動物も植物も、そのものが消滅したときに、そのものにかかるエネルギーは全部離れてしまうのです。還ってしまうのです。
ですからこの世に在る物体は、全て仮のもの仮の品物なのです。
その仮の品物の争奪に人間が目の色を変えて夢中になるということは情けないことなのです。
その本物のあなたをあなたが知らない。悟ることができずに自我ばかり強く持つから、本来の考え方が狂ってきているのです。
もう一度申します。あなたがたは常にゼロなのです。無なのです。空なのです。目に見えないのが本当のあなただということを他の神々もお伝えしていましたが、この事実は間違いありません。
山の木も野の草も必ず限りがあるのです。木に宿る木の魂、草に宿る草の魂、魂は永遠に続きます。けれども物体、人間の肉体、木で言えば木そのもの、草で言えば草、野菜で言えば野菜、あらゆるものは四季の移ろいと同じに輪廻転生を繰り返していくのです。
木はやがて大きく育てば自分の体の木に花を咲かせ実をつけて、その木の実の落ちることにおいてまた再生が図られます。その木は何千年も生きるということは殆どありえないのです。その繰り返しです。
人間もまったく同じ、果物も、草も木もすべて同じです。
柿の種を蒔けばやがては柿の実がなり、その実の種がまた柿の木を育て上げていくのです。これが自然の法則なのです。
しかし、そこに携わるエネルギーや想いそのものは、あなたがたの目に形となって見えることはありません。
ですから生き物のエネルギーを、例えば野菜でも果物でも四季折おりのものを食べるようにするのが一番健康によろしいのです。
それは他の神からのお伝えもありましたように、太陽の気を十分に吸い込み、宇宙のエネルギーを十分に吸い込んだ果物なり野菜なりの生き物、その生き物自体があなたがたの体の中に入って、あなたがたの体にエネルギーを充足することができるのです。(続く)
【子供時代のお菓子~竹の皮の中に梅干し】
