〚自動書記〛&『仕事&不思議体験』

「あなたの与えたモノが与えられます」「体の不調は治すエネルギーがまだある証拠です」「与える優先度は心施・智施・物施が順番です」

〚天分を生かす〛・(自動書記)・『木之花開邪媛命のお伝え』

ナベさん

(前より)


話は変わりますが、人の人相とはよくしたもので100人集まれば100人の違う顔があります。

鼻は顔のほぼ中央にありますし、目は上の方に二つあり、口は鼻の下にあります。同じ順序で、顔の表面に眉毛があり、額があり、目があり、鼻がありそして口があるのですが、10人集まればそれぞれ全部特徴があります。

 

人は名前をつけて顔を見れば一目で分かるように造られているので御座います。

 

大勢集まっても、その名前さえ忘れなければ、ああ山田さんはこの人で田村さんはこの人だと言うふうに顔にも身体にも特徴があるので、記憶が出来るのです。

 

その特徴と同じように、人間それぞれに授かった技術的な器用さや不器用さなど、能力にもまた特徴があるので御座います。

 

ですからこの人が出来たから、この人が出来ないわけが無いとか、あの人が出来るのだから、お前もこれをやりなさいというのは間違いなのです。

 

それぞれの人に合った仕事をされることが最も良いことで、不得意な人にいかに教えようとしても、いかにそれを理解させようとしても、なかなか出来ないものなので御座います。

 

これは親が子供の教育や、将来の職業を選ぶときに、注意して考えるべきことではないかと思われます。

 

「お隣の太郎さんが、どこどこの大学に受かったよ、お前は何をしているの」と。そういっても、それぞれに与えられた能力は全部個々に違うのです。「隣の次郎さんは、こういうものを作るのが非常に上手なのに、お前はなにをやっても不器用なんだね」と。こういわれても、これもそれぞれに与えられた天分なので御座いますから仕方がないことで御座います。

 

 

ここのところを親御さんはよく理解されて、この子の将来のためには、どの道を選ばせることが天から授かった能力を伸び伸びと幸せに発揮出来るか、ということを基本に考えてあげるべきではないかと思います。

 

最近はどうしても学力優先となり、試験の成績の良い人だけが優秀な人間のように言われておりますが、決してそうではないので御座います。

 

頭の優れた人もおれば、手先の器用な人もおり、また記憶力の素晴らしい人もおります。

 

それぞれ天分というものが違うので御座います。

 

その天分に応じた職業を選び、その天分をまっとうして頂く事において、その人間の生涯の幸せ不幸せが決まってくるので御座います。

 

 

その人の性格に合う合わない、或いはその人にしか出来ないことなどと、それぞれに神様は良いところ悪いところの両方を授けているのです。

 

それぞれの最も良い部分に最も得意な能力を発揮し、最大限にこの世の生活を送っていただくことが一番大切なことではないかと思われます。

 

その本分をよくわきまえず、個人的に兄弟を比較したり、隣の子供と比べたりして叱る事は誤りなのです。

 

親として、その人間に具わった天分は何なのかということをじっくりと考えて、この天分を十二分に発揮出来るように、また本人が理解できるようにアドバイスしてあげることが一番大切なことかと思われます。

 

人間は十人十色と言うように、ものの考え方や知能また技術的能力などあらゆるものが、それぞれ千差万別、全部違うので御座います。それは顔かたちの違うのとまったく同じですが、しからばその顔かたちが良いから悪いからといって誰かを恨むわけにはいかないのです。

 

自分の前世や先祖の血による因縁によって、出来上がったあなたなのです。

 

自分の一生に、自分の授かった天分をどのように有利に働かせていくかということを考えていくことが、一番大切なことかと思われます。

 

時として親が非常に可愛がり過ぎて気儘にさせすぎた結果、子供の将来をダメにする場合があります。親は子供が小学校に入るくらいまでは、徹底してアドバイスを上手にすることが大切ですが、気が付いたとき既に学校を終えていたということでは遅いのです。

 

子供に甘えの気持ちを強く抱かせたときには、すべてにおいて大きな間違いの元になるということを分かって下さい。

 

厳しくしていじめよと言うことではありません。子育てとは、その子の天分を伸ばすべく親は心に鞭打って、その子が将来に頑張れる精神力をつけるべく協力してあげて頂きたいと考えるので御座います。

 

現在は子供の数が少ないために、気儘な子が多く、その気儘に親が負けてしまうというのが現状で御座います。

 

あなたたちの歩んだ苦労の同じ道を子供が歩むことのないようにとか、あなた方の子供時代の貧しい生活経験を、自分の子供には味わわせたくないという間違った思いやりは、時として子供の増徴を募らせてしまいます。

 

自分の間違った思いやりが最終的にはお互いを苦しめのルツボの中に落としてしまうということを、よくよく考えて見るべきと存じます。

(続く)